2002年から「目指せ世界基準」と「Make a Dream ! Get a Dream !」をテーマに掲げて、個性が尊重される環境作りと子供達にとって夢のある世界を創造する活動を多様に展開してきました。
現在は株式会社ZEN-PORTに所属、これまでの活動を礎に「スポーツ・教育・福祉・経済」など
地域コミュニティ発展のサポートを開始しました。

こんにちは!バスケットボールのコーチをしている西田です。
バスケットボールを通して子供達の唯一無二の特性を探し伸ばす指導を日々心がけています。
20年前から独学で脳科学を学びながら渡米を続け、日米の育成の違いや環境を比較しながら実践と検証を繰り返してきました。そして子供達の唯一無二を探し伸ばす育成は地域の発展にも大きく貢献できる事を知りました。今後は20年で得た経験からの学びと気づきを活用しバスケットを通した地域貢献事業も活発に進めて行こうと思います。
引き続き、皆様のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いたします。
NISHIDA'S BASKETBALL ROOM

これまでの活動

①NATIONAL RETIRED PLAYER'S ASSOCIATION  
NBAのOB会と10年のパートナーシップを締結
目指せ世界基準!
その実践として、まずは世界一のリーグNBAを目指すところですが、NPO活動をされてるOB会を見つけたので2004年そちらに突撃しました。
タイミングもよかったのか、あれよあれよという間に、話がトントン拍子に進み10年のパートナーシップを結ぶ事になり、これまで見た事も聞いた事もない新しい世界を知る事になりました

②シアトルに本社を置くスターバックス社訪問
日本でもファンの多いスターバックスの本社では、どんな部署があって、どんな働きをされてるのか、興味津津で1時間があっという間!
しかし日本で受けるサービス、アメリカで感じる雰囲気、全てが会社の理念に則ってパートナーと言われる全ての社員さんの作りだす空気なんだと改めて理念の大切さを教えられました

③ポートランド(ビーバートン)にあるNIKE本社訪問
スポーツ界だけではなく、私達の日常に存在するNIKE製品
ただのスポーツメーカーを目指したわけではない結果が目の前に現れると
やはりビジョンって大切だな~って再確認させられる空間です
実際にNIKE本社を訪れて歴史や創業当時からのビジョンの話を聞く事と我々の日常と照らし合わせてみる事
その事で我々の生活に身近なメーカーが成長してきた経緯を肌で感じられる
説得力がありますね

④シアトルやポートランドの学校訪問
国が違っても、時間は平等24時間
その平等な時間の中でアメリカの教育、指導ってどうなんだろう?
せっかくなのでその違いを学ぶことにしました
バスケットを含めたスポーツ全てが、教育や指導の違いがコートやフィールドに表れてくるからです
教育の現場を知る事で日米の違いにも気づき、その事でバスケットの違いにも気づきやすくなりました

⑤シアトル総領事館にて熊本の紹介パーティー
歴史を実体験で感じられる事っていいですね
まるでタイムスリップしたかのようにご縁は繋がってます
熊本から遠く離れたシアトルの近郊湾でKumamoto Oysterが養殖されていました 
それは第二次世界大戦後、熊本で養殖された牡蠣がアメリカに輸入されていた事がきっかけになったそうです
バスケットを通してシアトルと交流をするうちに、そんな歴史とも出合いました
この時期ちょうど、牡蠣を再生産始めた熊本県、そんな時期とも相まり、シアトル総領事館に熊本県知事をお招きしての球磨焼酎とKumamoto Oysterのご紹介パーティーを開催する運びとなり、会は大いに盛り上がりました

⑥International Basketball League(通称:IBL)共同オーナー就任
ご縁あって2012年
Coach西田がアメリカ北西を中心に活動するマイナーリーグの共同オーナーに就任しました
2005年から訪問したUnited States Basketball Academy(オレゴン州)からのご紹介でIBLを知って2009年にNippon Tornadoes名でリーグに参加、2010年、2011年はIBLの優勝チームを日本へ招聘、そんなお付き合いからその優勝チームのオーナーと共にIBLの共同オーナーとなりました。当時このリーグでは多くの日本人が経験をし、このリーグを通して多くのアメリカ人選手が日本でプレーする機会を得ました

⑦日本一33回 能代工業高校 加藤先生との思い出
Coach西田が中学3年生の時に「能代工業に入れて下さい」と時間談判に秋田まで行ったのが先生との最初の出会いでした
2回目の出会いは熊本工業高校のキャプテンとしてインターハイでベスト8に入った時「美人になったな~」て声をかけてもらった時、3回目は熊本国体に先生が来熊された際の食事会の席に呼ばれた時です
その時の先生のお言葉は印象的で今でも忘れられません。加藤先生から「私は日体大を卒業して能代に帰る時、日本一になる事を決めて赴任し、その為の活動をスタートした」とお聞きしました
そのお話が私の活動の指針となりNBAのOB会との提携にも繋がりました
活動をスタートする際の目標の大切さを教えていただきました

⑧NBA シャーロットボブキャッツ(現在はホーネッツ)単独トライアウト挑戦
Coach西田が20年前に活動をスタートした時、目指せ世界基準!とテーマを決め活動をスタートしましたが、それはNBAを世界と捉えたわけではありませんでした。しかしやっぱりNBAには触れてみたい気持ちはありました。
ということでNBRPA(NBAのOB会)と提携もしました
しかし実際、活動から8年後、NBAのチームに呼んでもらえた時には正直びっくりでした。
アメリカにバスケット関係の知り合いもなく渡米した2004年、よくここまで繋がったなとしみじみ感じたものでした。
当事者だけど信じられないですね。
思いを貫く、事とご縁、この二つのお陰以外考えられません。

⑨bjリーグとInternational Basketball League(IBL)の提携 2012年
Bリーグが始まる前に日本にはbjリーグが最初のプロリーグとして誕生しました
当時の日本バスケット界では画期的な事、保守的なバスケット界に一大旋風を巻き起こしました
教育的要素の強かったバスケット界からエンターテイメントへと舵を切られたことで賛否両論ありましたが、バスケット界にとっては新しい船出であった事は明らかでした
そんなbjリーグ(2005年スタート)とCoach西田が共同オーナーを務めるIBLが業務提携を結びました
bjリーグがアメリカでの活動をサポートするステップアップリーグとして提携でした
当時bjリーグで活動をする選手の「経験する舞台」だったり「NBAへ挑戦する機関」として活用していただきました。
また「アメリカ人選手を紹介できる場所」としても活用してたので、当時多くの選手やコーチがbjリーグに参画しました 現在もBリーグで活躍し続けてる選手もいます